こんにちは!
シェルです!
前回、「今さら聞けない!エア・ジョーダンのバッシュ情報まとめ【シリーズ13〜15】」について特集をしました。
なので今回も引き続き、エア・ジョーダンシリーズのバッシュ情報について特集をしていきたいと思います( ´ ▽ ` )ノ
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Contents
【そもそもジョーダンって誰?】
もしかしたら読者さんの中にも、マイケル・ジョーダンのことを知らない人もいるかもしれませんので、マイケル・ジョーダンという人物についてご紹介していきますね( ´ ▽ ` )ノ
本名:マイケル・ジョーダン (Michael Jordan)
【誕生日】1963年2月17日
【出身地】アメリカ合衆国
【身長】198cm
【体重】99kg
【所属】
- シカゴ・ブルズ
- ワシントン・ウィザーズ
【ポジション】SG
【背番号】23、45番
マイケル・ジョーダンは電気技術者の父親と、銀行出向の母親の3男としてニューヨーク州のブルックリンで生まれました。その後ノースカロライナで幼少期を過ごし、地元の高校に進学しました。
高校入学時はバスケットボールに入れずに挫折した経験もあったが、2年生の時に念願のチーム加入を果たしました。そこから歴史は始まりました。高校卒業にはノースカロライナ大学に進学し、NCAAトーナメントでのウィニングショットと決めるなど、1年生からその非凡なの勝負強さを発揮し、2年生の時にはチームの柱として活躍し全米ジュニア選抜にもなりました。3年次の時にはネイスミス賞とウッデン賞を受賞をし、1984年にNBAへアーリーエントリーを行い全体3位でシカゴブルズから指名を受けてNBA選手となりました。
高校生の時には挫折を経験しながらも、それをバネに成功を収めていったマイケル・ジョーダン、果たしてマイケル・ジョーダン選手とはどんな選手なのでしょうか?
マイケル・ジョーダン選手の記録とともに振り返ってみましょう。
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マイケル・ジョーダンの記録
- 6×NBAチャンピオン : 1991~1993, 1996~1998
- 6×NBAファイナルMVP : 1991~1993, 1996~1998
- 5×MVP : 1988, 1991, 1992, 1996, 1998
- NBA最優秀守備選手賞 : 1988
- 10×得点王 : 1987~1993, 1996~1998
- 3×スティール王 : 1988, 1990, 1993
- 14×NBAオールスターゲーム出場 : 1985~1993, 1996~1998, 2002, 2003
- 3×NBAオールスターゲームMVP : 1988, 1996, 1998
- 2×NBAスラムダンクコンテスト優勝 : 1987, 1988
- オールNBAチーム
- 10×1stチーム : 1987~1993, 1996~1998
- 2ndチーム : 1985
- NBAオールディフェンシブチーム
- 9×1stチーム : 1988~1993, 1996~1998
- 新人王 : 1985
- NBAオールルーキーチーム 1stチーム : 1985
- NBA50周年記念オールタイムチーム : 1996
- No.23 シカゴ・ブルズ永久欠番
- No.23 マイアミ・ヒート永久欠番
- No.23 ノースカロライナ大学永久欠番
- 2×USAバスケットボール男子年間最優秀選手:1983, 1984
- NCAAチャンピオン : 1982
マイケル・ジョーダンは入団時からレギュラーとなり1年目には平均得点でリーグ上位のポイントであった28.2ポイントを記録するなど周囲を大きくわかせた。そして3年目にはその才能を完全に開花させ、リーグトップの一試合平均37.1得点をたたき出し、シーズン総得点は3,000点を超えウィルト・チェンバレン以来の数字を残す偉業を成し遂げました。
1990-91年シーズンまではボストン・セルティックス、デトロイト・ピストンズと競合になかなか勝てなく、苦戦することが多かったシカゴ・ブルズでしたがフィルジャクソンの采配とチームの成長によりこの年に初めて宿敵デトロイト・ピストンズをスイープしてNBAチャンピオンシップに駒を進めました。NBAファイナルでは当時のスーパースター、マジック・ジョンソンが率いるロサンゼルス・レイカーズとの対戦となりました。新旧スーパースター対決となったこのシリーズを、シカゴ・ブルズは4勝1敗で勝利し初優勝を果たし、マイケル・ジョーダンは初のNBAファイナルMVPを受賞しました。そしてここから伝説が幕を開けました。
その翌年もその次の年もシカゴ・ブルズはNBAチャンピオンとなり、1960年代にボストン・セルティックス以来の「スリービート」を達成しました。マイケル・ジョーダンは「スリービート」を達成した年のオフにNBAを早期引退を表明し一旦NBAから姿を消しました。そしてそこで、昔からのもう一つの夢でもあったMLB(メジャーリーグ)に挑戦をしました。1995年にはその後NBA復帰をする形にはなりましたが、ほかの選手では考えられないような行動をマイケル・ジョーダンはしてのけました。
1995年3月に再びシカゴ・ブルズに復帰をし、シーズン末の17試合に出場しました。プレーオフには出たものの、プレー感覚を戻し切れていなかったマイケル・ジョーダンのミスなどでチームは敗退しました。しかしその後伝説が再度現れることになりました。
1995-96年シーズンにシカゴ・ブルズは快進撃を続け、マイケル・ジョーダン自身も8度目の得点王に輝くなど完璧なカムバックを果たし、その勢いそのままにリーグ制覇をしました。そしてマイケル・ジョーダンも再度ファイナルMVPに輝きました。そして、1996-97年シーズンにもファイナルMVPを受賞し、チームもNBA2冠を達成しました。ここまでの合計でマイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズのNBAの優勝回数は5回と怪物的な数をたたき出しました。
そしてNBA前人未到の2回目の3連覇に挑んだマイケル・ジョーダンは1997-98年シーズンも決勝点のシュートを決めるなど活躍をしました。そしてブルズに6度目の優勝と2回目の「スリービート」を残し、同年のシーズン終了後であった1999年1月13日に2回目となる引退を表明しました。
その後2001年に低迷を続けるワシントン・ウィザーズのために2度目の現役復帰を果たし、NBAオールスターにも登場するなどしました。40歳でも40得点を決めるなど、年を重ねながらもプレーをし、2003年に3度目となる引退をしました。
3度の現役引退、そして2度のNBA復帰をしたマイケル・ジョーダン。皆さんはご存知でしたか?
そんなマイケル・ジョーダンのプレーを支えてきた、バッシュについてご紹介していきますね。
【エア・ジョーダンって何?】
このマークを知っている人はいますか?
もしこのマークを知っていたら、あなたはかなりエアジョーダン通ということになりますよ。
というのも、このマークこそ、マイケル・ジョーダンのシグネチャーモデル、「エアジョーダン」が出始めたときのロゴなんですよね。
その後、ジャンプマンというこちらのロゴ↓に切り替わってしまったため、伝説のロゴとなりました。
現在のNBAでは、クリス・ポール、ポール・ジョージ、ウェストブルック、レブロン・ジェームズなどなど、たくさんの選手のシグネチャーモデルが出ています。
様々なシグネチャーモデルが排出される流れを作ったのは、マイケル・ジョーダンのシグネチャーモデル、「エアジョーダン」なんですね。
つまり、このロゴこそが、NBAの歴史を新たに作った象徴なのです。
では、そんなNBAの歴史すら変えてしまった「エアジョーダン」シリーズ。
一体どんなものがあるのでしょうか?
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【エア・ジョーダン16:AIR JORDAN XVI】
前回に続いて16個目にご紹介する、エア・ジョーダンシリーズのバッシュは「AIR JORDAN XVI」です。
「AIR JORDAN XVI」は、2001年2月に発売されたエア・ジョーダンシリーズのバッシュです。
こちらのモデルは、“シュラウド”という名のシューレースカバーが特徴的なデザインになっています。
このシュラウドは着け外しが可能で、オンコート・オフコートの両方で履けるというコンセプトになっていました。
「AIR JORDAN XVI」が発売されたとき、マイケル・ジョーダンは2度目の復帰を果たしています。
【エア・ジョーダン17:AIR JORDAN XVII】
続いて17個目にご紹介する、エア・ジョーダンシリーズのバッシュは「AIR JORDAN XVII」です。
「AIR JORDAN XVII」は、2002年2月に発売されたバッシュです。
エア・ジョーダンシリーズの前作の16で特徴的だったシューレースカバーが引き続き採用されています。
ただ、前作とは少しコンセプトが変わり、「AIR JORDAN XVII」では“シンプルでエレガント、かつ昨日も優秀であること”という考えのもと、作られたバッシュです。
なぜこのモデル「AIR JORDAN XVII」がそういったコンセプトなのかというと、マイケル・ジョーダンの復帰を記念したモデルだからです。
そのため、「AIR JORDAN XVII」を買うと外箱はアルミで作られたケースになっていたり、CDが付属されていたりと、かなり豪華な特典がついていました。
今ではそんな特典がついているバッシュは滅多にないため、そんな豪華特典がついたモデルが復刻したら、ちょっと欲しくなりますよね。
【エア・ジョーダン18:AIR JORDAN XVIII】
続いて18個目にご紹介する、エア・ジョーダンシリーズのバッシュは「AIR JORDAN XVIII」です。
「AIR JORDAN XVIII」は、2003年2月に発売されたバッシュのモデルです。
「AIR JORDAN XVIII」は、前作の豪華特典はついていなかったけど、引き続き質感の高さで高級感のあるデザインに仕上がっています。
中でも特徴的なのが、アッパーに1枚で仕立てられたフルグレインレザーです。
この見た目が、エア・ジョーダンブランドの高級さを印象付けます。
機能面においては、40歳を迎えるマイケル・ジョーダンのパフォーマンスを支えられるように考えられています。
ダブルで搭載されたズームエア、足のねじれを防ぐためのカーボン素材のプレートなどが搭載されており、膝の負担を軽減してくれており、非常に履きやすいバッシュになっています。
【まとめ】
いかがでしたか?
【そもそもジョーダンって誰?】
【エア・ジョーダンって何?】
【エア・ジョーダン16:AIR JORDAN XVI】
【エア・ジョーダン17:AIR JORDAN XVII】
【エア・ジョーダン18:AIR JORDAN XVIII】
エア・ジョーダンシリーズもここまでくると、マイケル・ジョーダンの最後の引退も間近ですね。
少し寂しいところはありますが、引き続き次回からもエア・ジョーダンシリーズの特集をしていきますよ〜。
ではでは!
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