【Bリーグ|NEWS】日本代表経験を持つ川村卓也が新潟への練習参加を表明

日本代表経験も持つ川村卓也が新潟アルビレックスBBへ練習生として加入することが発表されました。

2006年の世界選手権出場をはじめ、日本代表としても豊富な経験を持っている川村卓也。練習参加を経て、プロキャリアを再始動させるのかに注目が集まりそうです。

川村卓也のプロフィールなどを掲載しましたのでチェックしてみてください。

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【川村卓也のプロフィール】

本名:川村卓也(かわむら たくや)

【誕生日】1986年4月24日
【出身地】岩手県
【身長】193cm
【体重】90kg
【出身校】盛岡南高校
【所属】無所属
【ポジション】シューティングガード

川村卓也選手は岩手県出身のバスケットボール選手です。

岩手県出身と言っても中学の途中までは宮城県にてプレーしていた川村卓也選手。仙台市立連坊小路小学校に通いながら、片平小学校のミニバスケットボール部に所属しプレーを磨いていました。仙台市立五橋中学校に進学し、3年生時の2001年に開催された全国中学校体育大会(通称、全中)でベスト4入りを果たします。

その後、盛岡市立下小路中学校へ転校し、中学校卒業後には岩手県の強豪でもある盛岡南高校に進学します。高校入学時から非凡なシュート力と得点力で全国にその名を轟かせていた川村卓也選手。1年生時はウィンターカップに出場し、1回戦で京北高校と対戦。敗れはしたものの、川村卓也選手はチームトップとなる22得点を記録しました。2年生時のインターハイでは1回戦の白岡高校戦で55得点、2回戦の桜宮高校戦で51得点してベスト16進出に貢献。3年生時のインターハイではベスト8入りに貢献しました。

2005年にはFIBAとNBAが共催して行われた開催地域のトップ若手選手(19歳以下)を集めた第1回バスケットボール ウィズアウト ボーダーズ(Basketball Without Borders)のアジア地区キャンプの参加メンバーに選出され、同キャンプにおいてコーチを務めたNBA選手達から高い評価を受け、MVPに選出された経験を持っています。

高校卒業後の2005年に大学への進学はせず、当時JBLに所属していたオーエスジーフェニックス(現在の三遠ネオフェニックス)と契約締結。日本人初となる高校卒業と同時のプロ選手となっています。加えて、ルーキーシーズンには新人王を獲得。天皇杯においては史上最年少となるベスト5に選出されています。

同シーズン終了後にチームを退団し、リンク栃木ブレックス(現在の宇都宮ブレックス)へと移籍します。移籍後の2008−2009のシーズンでは得点王を受賞。日本人がシーズン得点王を受賞するのは24年振りの快挙となりました。2009−2010のシーズンではチームのJBL初優勝に貢献しています。

2013年のオフにNBAへの挑戦のためにリンク栃木ブレックスを退団しました。しかし、海外のチームとの契約には至らず、和歌山トライアンズと2年契約を締結します。契約した1年目にはオールスターへ選出され、チームの準優勝にも貢献しました。

2年契約のち、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ(現在の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)へ移籍を果たし、2016年には横浜ビー・コルセアーズへ移籍し、2019年から2021年までシーホース三河に所属していました。

シーホース三河にてプレーしたのち、西地区に所属している西宮ストークスにてプレーしていました。2021ー22シーズンは、52試合の出場で1試合平均7.2得点・2.4リバウンド・3.0アシスト・3Pシュート成功率36.8%を記録しました。シーズン終了後に退団を表明し、退団後には解説業でも活躍していました。

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