【NBAニュース】今季限りで引退が囁かれている有名選手5選

2017-2018年シーズンもNBAファイナルを残して、残りわずかとなりました。

NBAの光と影として大学生のドラフト選手が脚光を浴びる中、この晴れ舞台から去る選手も出てきています。

今回はNBAの特集として、今季限り(2017-2018年)で引退が囁かれている選手を何人かピックアップしてご紹介します。

 

中には往年のスーパースターの名も入ってきており、世代交代が行われているといっても過言ではないと思います。

さてどんな選手がいるのでしょうか?

見てみましょう!

 

 

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Contents

【ヴィンス・カーター】

本名:ヴィンス・カーター(Vince Carter)

【誕生日】1977年1月26日

【出身地】アメリカ合衆国
【身長】198cm
【体重】100kg
【所属】サクラメント・キングス
【背番号】15番
【ポジション】SG/SF

  • 8×NBAオールスターゲーム出場:2000~2007
  • オールNBAチーム
    • 2ndチーム:2001
    • 3rdチーム:2000
  • NBAチームメイト・オブ・ザ・イヤー賞 : 2016
  • NBAスラムダンクコンテスト優勝:2000
  • NBAオールルーキーチーム 1stチーム:1999
  • 新人王:1999

ヴィンス・カーターが初めてダンクをしたのは中学1年生で身長173㎝だった時だそうです。もともとヴィンス・カーターはバレーボールでもアメリカ代表に選ばれるほど実力者でしたが、バスケットボールを最終的には選び、バスケットボール強豪校であるノースカロライナ大学に進学しました。

大学時代は3年生までプレーをし、ACCファーストチームやオールアメリカセカンドチームに選出されるなどしていました。チームは自身が3年生の時にベスト4で敗れ、その後ヴィンス・カーターは1年間早めにアーリーエントリーを行いNBAに入りました。

ヴィンス・カーターは1998年のNBAドラフトでゴールデンステート・ウォリアーズが全体5位で指名NBAキャリアをスタートさせました。しかし、即座にトレードでトロント・ラプターズに移籍しました。ここからヴィンス・カーターの飛躍のルーキーイヤーが始まります。

NBAに入った年から活躍し、ふたを開けてみればNBAオールルーキーチームの1stチームに選出されるなどで、新人王を受賞しました。

2000年のNBAオールスターゲームではファン投票最多投票でオールスターに先発で出場しました。また同年のスラムダンクコンテストにも出場し、試技5回中3回で満点という驚異的なパフォーマンスを披露し見事に優勝しました。

また2000年はシドニーオリンピックでかの有名な215㎝の選手を2mない選手が飛び越えてダンクをするというモンスター的ダンクを試合中に披露し、話題となりました。

その後はプレイスタイルに比例するように故障を繰り返し、なかなか思うように成績を残せずに苦しい時期を過ごしました。その後ラプターズとの馬が合わなくなったヴィンス・カーターは2004年12月にニュージャージー・ネッツに移籍しました。

ニュージャージー・ネッツに移籍してからは、平均得点20点以上を取り続けてはいたもののチームの再建の時期に当たりなかなか思うように勝つことはできず、2008-09シーズンに故郷であるオーランドのオーランド・マジックに移籍をしました。

その後は、フェニックス・サンズ、ダラス・マーベリックス、メンフィス・グリズリーズ、とチームを転々とし、今はサクラメント・キングスに所属しています。

今年の1月に41歳となり20シーズン目を迎えたヴィンス・カーター。20シーズン越えをしているのはロスアンジェルス・レイカーズのレジェンド、コービー・ブライアントのみであり、今後来シーズンもNBAに残ることになれば、シーズン21シーズン目となり記録の樹立となります。

 

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【ダーク・ノビッキー】

本名:ダーク・ノビッキー(Dirk Nowitzki)

【誕生日】1978年6月19日
【出身地】ドイツ
【身長】213cm
【体重】111kg
【所属】ダラス・マーベリックス
【背番号】41番
【ポジション】PF

    • NBAチャンピオン ::2011
    • MVP:2007
    • NBAファイナルMVP:2011
    • 13*NBAオールスターゲーム出場:2002-2012,2014,2015
    • NBAスリーポイント・シュートアウト優勝:2006
    • NBAシューティングスターコンペティション優勝:2010
    • オールNBAチーム選出
      • 4×1stチーム:2005-2007,2009
      • 5×2ndチーム:2002-2003,2008,2010-2011
      • 3×3rdチーム:2001,2004,2012

 

ダーク・ノビッキーはドイツのヴュルツブルクでハンドボールドイツ代表の父と、女子バスケットボール選手であった母との間で生まれ、バスケットボールは中学生になったときに始めました。

15歳ごろになると、ダーク・ノビッキーはドイツのプロバスケットボールチームであるDJKヴュルツブルクの下部チームに所属しその後16歳には正式なチームメイトとしてプレーをはじめた。

19歳の時には身長が211センチまで伸び得点力でチームに貢献し、チームを1部リーグへと押し上げ個人としてもイツバスケット誌選出の年間最優秀選手に選出されました。その後ナイキが主催した「フープ・ヒーローズ・ツアー」で当時のNBAの現役スーパースター、チャールズ・バークレーやスコッティ・ピッペンと対戦する機会を恵まれ、30分のエキシビションゲームでノヴィツキーはバークレーの上からダンクを決めるなど活躍をしました。

その後、1998年に行われたナイキ・フープサミット(全米ジュニア選抜 vs 世界ジュニア選抜)で全米選抜チームを破り、NBAスカウト陣の注目の的となりました。

ダーク・ノビッキーは1998年にNBAドラフトへエントリーを表明しました。ドラフトではミルウォーキー・バックスに全体9位指名で選ばれるも、交渉はそのままダラス・マーベリックスにトレードの話と一緒に移行されユニホームの袖を通したチームはダラス・マーベリックスとなりました。そこからダーク・ノビッキーの今もなお続くダラス・マーベリックス選手生命が始まりました。

NBAでデビュー時こそ身長が大きかったもののNBAのフィジカルについていけず、苦労したものの持ち前の長身からのシュートとパスのスキルで頭角を現し、NBA3年目である2000-01シーズンには21.8得点9.2リバウンドと一流選手の数字を残し、通算3P成功数151本101ブロックは3P成功数100本100ブロック以上を達成した選手として史上2人目の快挙となりました。その実績もあり、オールNBA3rdチームに初選出されました。

その翌年の2001-02シーズンには初のオールスター出場を果たし、オールNBAチームでは2ndチームに選ばれました。NBA6年目であった2004-05シーズンにはキャリアハイの53得点を記録し、アメリカの高校、もしくは大学に通わなかった選手としては初の快挙であるオールNBA1stチームに選出されました。2005-06シーズンには初のNBAチャンピオンシップを経験し、ドウェイン・ウェイドとシャーッキー・オニールようするマイアミ・ヒートと対戦し2勝4敗と敗れました。翌年もシーズンMVPには輝いたものの、プレイオフではなかなか調子が上がらないことが多く、頂点に立つことはなかなかありませんでした。

そして、2010-11シーズンにダーク・ノビッキーはNBAファイナルMVPになる活躍を見せ念願のNBAチャンピオンの栄冠を手に入れました。その後マブスは古豪ではあるもののなかなかNBAチャンピオンからは離れていますが、2017年には、ダーク・ノビッキーが史上6人目の30000得点10000リバウンドを記録し、アメリカ国外出身の選手としては史上初の通算30000得点を達成しました。

 

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【ジャマール・クロフォード】

【誕生日】1980年5月20日
【出身地】アメリカ
【身長】196cm
【体重】90kg
【所属】ミネソタ・ティンバーウルブス
【背番号】11番
【ポジション】SG

  • 3×NBAシックスマン賞 : 2010, 2014, 2016
  • フリースロー成功率1位 : 2012

 

ジャマール・クロフォードは1on1の技術がとても高く、相手の足を崩すアンクルブレイクすることが多く見られます。ジャマール・クロフォードはオフェンス型のシックスマンとして今もなお活躍している選手の一人です。2000年にドラフトアーリーエントリーをし、ブルズに入団しました。

昨年までクリッパーズに在籍していたジャマール・クロフォードですが、今期はウルブズにトレードされました。ジャマール・クロフォードは今年で37歳で、NBAの現役でプレーしていくには残りわずかのプレイヤー生活になるのではと囁かれています。

ジャマール・クロフォードと言えば、クロスオーバーが有名です。独特の緩急から繰り広げられるクロスオーバーは天下一品の技ではないでしょうか。2007年にジャマール・クロフォードはキャリアハイとなる1試合52得点という記録も持っています。今となってはシックスマンとしてチームの立役者ですが、爆発的なスコアラーの一面も持っており、本気で点を取り行かせた場合、止めれるディフェンダーはあまりいないかもしれませんね。

 

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【マヌ・ジノビリ】

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本名:マヌー・ジノビリ(Manu Ginobili)

【誕生日】1977年7月28日
【出身地】アルゼンチン
【身長】198cm
【体重】95kg
【所属】サンアントニオ・スパーズ
【背番号】20番
【ポジション】SG

  • 4× NBAチャンピオン (2003, 2005,2007, 2014)
  • 2× NBAオールスターゲーム (2005, 2011)
  • 2×オールNBAサードチーム (2008,2011)
  • NBAシックスマン賞 (2008)
  • NBAオール・ルーキー・セカンドチーム (2002)
  • FIBAアメリカチャンピオンシップMVP (2001)
  • ユーロリーグチャンピオン (2001)
  • ユーロリーグファイナルMVP (2001)
  • オールユーロリーグ・ファーストチーム (2002)
  • コッパイタリアMVP (2002)
  • 2× セリエAMVP (2001–2002)
  • 2× オリンピア賞(アルゼンチン) (2003–2004)
  • コネックス・ダイアモンド賞 (2010)
  • ユーロリーグ史上の偉大な50人の貢献者 (2008)

 

バスケットボール一家に生まれたジノビリは、バスケのコーチをする父親のもとで生まれ、兄弟と共にプロ選手を目指しながら育っていきました。1998年にイタリアのセリエAでプロとなり2002年までプレーを行いました。セリエAの2年間の間でジノビリはMVPに輝くなど活躍し、2008年3月に、ユーロリーグ史上の偉大な50人の貢献者の1人に選ばれるなど、その功績はイタリヤでも輝かしいモノでした。

2002-2003年シーズンからはNBAのサンアントニオ・スパーズでプレーをし、オールルーキー2ndチームに選出されるなどの活躍をしました。2004-2005年シーズンにはNBAのオールスター選手に選抜されるなど注目を集め、サンアントニオ・スパーズもリーグ優勝を果たし、同年に行われたアテネオリンピックでのアルゼンチン代表としての世界チャンピオンを含め、キャリア内でも一番の輝きを放つシーズンとなりました。2005-2006年シーズンにはキャリア3つ目のNBAチャンピオンの称号を得ました。このシーズンから約5年間はジノビリは怪我が多く、シックスマンとしてプレーすることが多くなりました。

しかし2010-2011年シーズンにはビックマンのティム・ダンカンの体力的衰えなどを理由に再度スターターとしてチームの中枢を担い、2度目のNBAオールスターに出場することになりました。その後も度重なる怪我と年齢からくる衰えなどで、一時期引退も示唆されていましたが、シックスマンとして三度素晴らしい結果を残し、自身4つ目となるチャンピオンリングを2013-2014年シーズンに獲得しました。

その後も引退説は多く流れていましたが、お世話になっているサンアントニオ・スパーズで今も現役としてプレーしています。

 

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【ドウェイン・ウェイド】

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本名:ドウェイン・ウェイド(Dwayne Wade)

【誕生日】1982年1月17日
【出身地】アメリカ
【身長】193cm
【体重】100kg
【所属】マイアミ・ヒート
【背番号】3番
【ポジション】SG/PG

  • 3×NBAチャンピオン : 2006 ,2012, 2013
  • NBAファイナルMVP : 2006
  • 12×NBAオールスターゲーム出場 : 2005~2016
  • NBAオールスターゲームMVP : 2010
  • オールNBAチーム
    • 2×1stチーム : 2009, 2010
    • 3×2ndチーム : 2005, 2006, 2011
    • 3×3rdチーム : 2007, 2012, 2013
  • NBAオールディフェンシブチーム
    • 3×2ndチーム : 2005, 2009 ,2010
  • NBAオールルーキーチーム 1stチーム : 2004
  • 2×NBAスキルチャレンジ優勝: 2006, 2007
  • 得点王:2009
  • シーズン最多得点:2009(2386
  • No.3 マーケット大学永久欠番

 

ドウェイン・ウェイドは2003年NBAドラフトで全体5位指名でNBA入りを果たしました。多彩な技術や強靭な肉体を兼ね備えていたドウェイン・ウェイドは、得点を量産していくシューティングガードとして活躍していきました。

ドウェイン・ウェイドもレブロン・ジェームス同様に、マイケル・ジョーダンに憧れてNBAを目指した選手の1人です。2003年NBAドラフトで入団してから実に13年間マイアミ・ヒートに在籍していたドウェイン・ウェイドは、先程も取り上げましたが、レブロン・ジェームスとクリス・ボッシュと共に”BIG3”を結成し、NBA界を大いに盛り上げていきました。

現在は、一度はレブロン・ジェームスが所属するクリーブランド・キャバリアーズでシックスマンとして出場していたものの、今は古巣であるマイアミ・ヒートに戻りプレーしています。ドウェイン・ウェイドも今年で36歳を向かえ、ベテラン選手と言われる選手なのは間違いありません。これ程の活躍した選手であれば、ドウェイン・ウェイドが付けていた背番号”3”は永久欠番になる可能性もあるかもしれませんね。

 

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【今季限りで引退が囁かれている往年のスター選手まとめ】

いかがでしたか?

 

●ヴィンス・カーター

●ダーク・ノビッキー

●ジャマール・クロフォード

●マヌ・ジノビリ

●ドウェイン・ウェイド

 

今季が終わる段階で、引退が囁かれている有名選手をまとめてみました。

どの選手も一世を風靡した選手で有名な選手たちです。

NBAのファイナルの結果にも注目ですが、引退なども注目してみましょう。

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中学時代にアメリカでバスケを経験し、日本人にはない独特のプレイスタイルでバスケを楽しんでいる。

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